SHINJI HOSONO PHOTOGRAPH

Vol.3 佐藤優さん 11

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佐藤:細野さんの写真集『コクーン歌舞伎』だけど。


細野:この本を出すのは悲願だったんです。串田さんの作品が、僕の舞台の世界に入ったきっかけで、まずは串田さんで一冊舞台のものを残す、というかこれを出さないことには、先に進めない。それで佐藤さんが援助してくださった。もちろん歌舞伎が串田さんのすべてではないし、串田さんに関しては奥が深いから、いずれまとめていきたいとは思ってます。


佐藤:串田さん・自由劇場の演劇を通じて細野さんの撮った写真を見るようになって、これまでの舞台の写真と何が違うのか、よく考えるんですよ。

客席の定位置から撮る、止まっているような写真は今でも定番なんですが、それを見ても読者は、ああこんなシーンもあったなと思い出すだけのことで。ところが細野さんの写真からは台詞が聴こえてきたり、匂いが感じられたりするんだよね。ああ、あの時こういうことがあったというのを客席で感じられるように写真が物語ってくれる。

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前田:ライブ写真でも、本当に音楽が聴こえてくる感じはあります。


佐藤:『コクーン歌舞伎』を作ることになった時、写真から匂いとか風が感じられるといいな、と思った。普通、歌舞伎の写真の定番って見得を切るところを撮るじゃない。


藤江:一瞬止まってポーズをとるところですね。大事なシーンだから止まるんですよね。


佐藤:でもそこだったら誰が撮っても同じ写真になる。細野さんの写真には見得がないのね。

もともと見得ってある意味アップみたいな効果を狙ったものだから、そのアップの写真を見ても想定内だから誰も驚かない。ところが細野さんの写真は動きのあるところを撮っているから、アップの写真とか役者本人も驚いていました。

この写真集を楽屋に手渡しに行ったんですが、(中村)芝翫さんも感心していました。「ああ、こんな顔していたんだ」ってね。


藤江:その場合、細野さんの視点は、演出家の目線、役者の目線、それとも観客の目線、どれかな。


佐藤:そのどれでもない。カメラの目線ですね。細野さんしかできないカメラの目線。歌舞伎の見得や舞台を定位置から撮っている写真は万人が見ているシーンだからね。でも、これは細野さんしか見えていないシーンだから。


藤江:結局、細野さんの舞台の写真はなんなのでしょう。舞台の再現ではないし。


佐藤:絵画的でもない。一瞬を切り取るわけだからね。


藤江:記録ではなくて、記憶だと。


佐藤:まさに記憶でしょう。

(続く)